最長片道切符の旅_扉絵

第11日旅程表






     宮脇さんが旅をした当時の優等列車地図




優等列車歴史地図_関東_s4310

東北優等列車昭和43年10月



日本鉄道旅行歴史地図帳2号・東北、4号・関東、2010年、新潮社より。




宮脇さんの本で長片道切符の旅を追体験します。
最長片道第11日旅程図




第十一日旅程図→





改行がずれている場合等ありますがご容赦ください。また引用については、空白行等を入れることで途中を飛ばしていることをしめします。




旅第十一日より、その2

 十一日の後半は白河過ぎてから。

作品124p----------
 白坂で「運転停車」して二本の特急に追抜かれた急行「まつしま4号」は、
その怨みを弱い者相手に晴らすかのように二つ目の黒田原で鈍行列車を追抜く。
抜かれるのは私が白河まで乗ってきた客車列車である。なかなかややこしい。
 黒磯に着くと、車内の電灯がしばらく消える。交流から直流に切換えるため
である。

 直流となった急行「まつしま4号」は、那須岳を右に見ながら快走し、宇都
官に四分も早く到着したが、その先に徐行区間があって肝心の小山には二分遅
れの14時02分に着いた。
-------------------------------------------------------------------------------------
 黒磯の交直切り替えは有名です。もう一つ在来線の特急、急行が多数走っていた当時、ここの釜飯もよく買いました。釜飯といえば横川が横綱ですが、黒磯も大関クラスだと思います。若い頃は東京に近い東北方面に頻繁にでかけました。急行しか使えなかった学生には、釜飯も結構な値段でした(値段は忘れました)。旅の終わりの昼過ぎに通る時は、ぎりぎり節約して残したお金で、旅の最後の遅めの昼飯、ということをよくやりました。


作品124~125p----------

             これから私が乗ろうとする水戸線の電車は同じ14
時02分である。跨線橋の向うのホームではすでに発車のベルが鳴っており、手
を振りながらバタバタ走ってくる私を助役が迷惑そうに眺めている。
 助役の目にとまった以上、無情な発車の心配はないが、この小山という駅は一
〇年このかた絶えず改築中という不思議な駅であるから、走りにくくてしようが
ない。


 小山を出ると、すぐ茨城県に入り、紬の結城に停車して鬼怒川を渡ると下館で、
ここから真岡線が分岐する。乗客の大半が下車した。
 筑波山を右に眺め、稲荷と焼きものの町笠間を過ぎて、15時11分、常磐線と
の接続駅友部に着いた。友部は水戸から西へわずか一六・五キロの地点である。
 友部からは、15時20分発の急行「ときわ8号」上野行に乗った。一一両もの
編成なのに席はほとんどふさがっていて、私は酒盛りをしている二人組の一角によ
うやく坐った。
 最長片道切符のルートは、16時09分着の我孫子で下車して成田線に入り、房
総半島を一周してから東京地区に入ることになっている。けれども私は、きょうで
この旅をいったん打切らねばならない。
東京へ一戻るのならこの急行で上野まで行ったほうが早いけれど、私は我孫子で下
車し、途中下車印を捺した。
--------------------------------------------------------------------------------------
 白河以降は一気呵成の移動です。水戸線も一息で乗り通します。下館、笠間の他にも乗鉄としては、岩瀬からは土浦まで筑波鉄道筑波線というのが1987年まで走っていたことは忘れられません。三回土浦から岩瀬まで乗り通したことがあります。だいたい友人達と土浦からきて、筑波山に登って、岩瀬周りで帰るということをやってました。最長切符の旅では友部から我孫子までの言及がありません。旅程の事情、宮脇さんの好みもあると思いますが、土浦駅手前の蓮根畑(ただし当時は稲作かもしれません)、筑波山、牛久沼、利根川渡河などそれなりに見所もあると思います。

つづく