『急行しんじ』、多層建てでもあり、終起点の設定が半端ないです。当時の旅客事情、DCの運用方針等々、様々な条件の融合によるある意味見事な設定です。宇野発米子経由博多行き。特急まつかぜもかくや。


やくも (列車) (しんじ (列車)からのリダイレクト)
やくもは、西日本旅客鉄道(JR西日本)が岡山駅 - 出雲市駅間を山陽本線・伯備線・山陰本線経由で運行している特別急行列車である。 伯備線で運行されていた優等列車の沿革についてもここで記述する。 特急「やくも」は1972年3月に山陽新幹線岡山開業に伴い京阪神から山陰地方中部へ行くには岡山駅経由のルートが最速となったことから、岡山駅
41キロバイト (5,752 語) - 2020年6月12日 (金) 21:12

急行しんじ

中四国凡例

以下はニコニコ大百科からの転載です。

1960年3月15日岡山駅出雲市駅間を結ぶ準急としてデビューした列車で、名称は島根県にある宍道湖にちなんでいる。ルートとしては現在伯備線特急「やくも」と同一で山陽本線伯備線山陰本線を経由していた。 
なお、伯備線の優等列車としては1958年急行に昇格した「だいせん」があり、伯備線優等列車としては2番手となる。

その後「しんじ」の運転区間は1961年10月1日宇野線宇野駅博多駅間に拡大され、石見益田駅現在益田駅)からは山陰本線経由と山口線経由の2系統が設定された。これは運転区間が小郡駅現在新山口駅)までに短縮される1965年まで継続された。
1966年には晴れ急行に昇格し、1968年には急行「たまつくり」を統合した。

しんじ」に転機が訪れたのは1972年3月15日山陽新幹線岡山駅開業に伴うダイヤ正だった。この時に特急「やくも」が設定され、同時に「しんじ」の運転区間が岡山駅浜田駅小郡駅に短縮され宇野線乗り入れが終了となった。
そして3年後の1975年3月10日山陽新幹線全線開業に伴うダイヤ正において運転区間が更に短縮され岡山駅米子駅間に変更され、同時に島根県に到達しなくなった事もあり名称が「伯耆」に変更された。
この「伯耆」の名称はそれまで因美線にて使用されていたものであり、伯備線にコンバートされたものである。「しんじ」を引き継いだ「伯耆」も1982年7月1日伯備線全線電化により「やくも」に統合される形で止された。






準急しんじ01

出典


<ツイッター>

若林宏行

@I0eUyFOfkoivNqB

岡山発はキハ55中心でしたが浜田発岡山行きがキハ58のパノラミックウィンドウ非冷房車で記憶に残っています新幹線岡山開業昭和47から50年にかけての風景です急行しんじから米子行きの急行伯耆なんだか名前だなぁとか思ったりしまし… https://t.co/vHvDncCtoq

2020-07-05 11:03:16

(出典 @I0eUyFOfkoivNqB)

若林宏行
@I0eUyFOfkoivNqB

鉄道ピクトリアルキハ40系特集ですがミャンマーのお話ができましたね先ほどトップナンバーの話で橋本派の重鎮野中さん福知山の辺りと話ししましたが橋本派の前の代表の竹下さんが島根の方でしたね今ピクトリアルのキハ55系で急行しん… https://t.co/9FI9wx63Hp

2020-07-05 10:59:13

(出典 @I0eUyFOfkoivNqB)